王家 の 紋章 イズミル 小説

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周りに控えている従者らの息を飲む気配がする。自国の王皇太子が、捕らえられた敵国の只娘に頭を下げようとしているのだ。信じられないという表情で互いの顔を見合っている。しかし彼はそれに構わず、手綱をひいて駱駝を止めた。 従者どもに先で待つように指示すると、厚手の布を深く被ったナイルの姫に向かって言葉を続けた。. 握られた手に力が込められる。 キャロルは固まったままだった。 王子は本心から自分を愛しているわけではなく、エジプトへの謀略、侵略のための道具としか考えていないのだと、そう思い込んでいたキャロルは、いよいよ動揺を隠しきれない。.

神の娘だというが、まるで町娘のように表情はくるくるとよく変わり、口煩くさえずる物言いも、貴人の振る舞いとは言い難い。 誰も知りえぬ未来を語り、賢く、一国の王にも屈せぬ強い意志を持つ娘。それなのに手に抱けば身体からは柔らかなひとの匂いがする。 王子はつかみきれないキャロルの存在に心奪われ、翻弄され始めていた。. 優しく囁くように呼びかけても、返ってくるのは頑なな台詞ばかりだ。 わかってはいたが、一筋縄ではいかぬ気性の娘だ。 男は軽く息を吐くと、頭上に白く輝く月を見上げた。 月明かりに照らされた駱駝の四肢が、砂上に細長い影をつくっている。.

気がつけば古代に来てから同じことを叫んでばかりだ。メンフィスにしろこの王子にしろ、抱く感情は拒絶と逃避だけだ。 現代にいたとき、あんなにも思い焦がれた古代の世界に身をおきながら、自分はこの世界を受け入れようとしていなかった。. エジプトの民たちやメンフィス王の強い想いも、現代からやってきたキャロルにとって重荷でしかなかった。だから逃げた。それなのにここでまた新たな愛にからめとられてしまう。 どんなに拒んでも、逃げても逃げても追いかけてくる。 愛されることから逃れられない。.

はっと涙に濡れた瞳を見開いてイズミルを見る。 思わず口をついて出た言葉は戻すことができない。 王子に真実を話しては、エジプトとヒッタイトの間に戦の理由を与えてしまう、という懸念が再びキャロルの脳裡をよぎる。けれどいまとなっては、話そうが話さまいが同じことだ。 躊躇って言い淀むキャロルを、ヒッタイトの王子は鋭く問い詰める。. 二人は身じろぎすらせず、草木のように夜の景色のただなかに溶けた。合わせられた唇から漏れる互いの温もりだけが、空気を震わせる。 幕舎の暗がりにそっと潜む人影があった。気配を悟られぬよう用心して、二人の様子を静かに見守る少年。 自らがそそのかし、大切に護りながら連れ帰った少女、キャロルを見つめるその瞳は水晶玉のように無垢だった。 重なりあう二つの影を、彼は酷く美しいと思った。 きりりと澄んだ夜気のなかで、それはまるで神殿でおこなう厳かな儀式のようだ。.

優しく囁くように呼びかけても、返ってくるのは頑なな台詞ばかりだ。 わかってはいたが、一筋縄ではいかぬ気性の娘だ。 男は軽く息を吐くと、頭上に白く輝く月を見上げた。 月明かりに照らされた駱駝の四肢が、砂上に細長い影をつくっている。.
  • 思わず口にしてしまってから、キャロルは自身の言葉に驚いた。握りしめ冷たくなった指先を唇に当て、断罪されるのを待つかのように頭を垂れた。 だが王子は自分を拒絶し、すべてを閉ざしたがっている娘を見ても、責めることをしなかった。ただ少し驚いた様子で呟いた。. 押し殺した声音を聴いた娘はぴたりと動きを止めた。 男の心臓の鼓動を感じるほどにきつく抱き締められ、娘は冷や汗をかきながらじっと耐えた。 イズミルはキャロルの髪に鼻を埋めたまま石のように動かない。しかしその分厚い胸の下の鼓動はせわしく波打ち、それが波紋のように広がり、こちらの鼓動までも早くなってしまいそうだった。.
  • はっと娘が顔を上げる。 暗闇から浮かび上がる白い頬、金糸のような細い髪が夜風に遊ぶ。青く黒く濡れた丸い種子のような両目が見開かれ、こちらを見つめている。その瞳も、髪と同じ繊細な黄金でたっぷりと縁取られている。 神秘的ながら、なにやら小さき獣のような愛くるしさである。.

(仮)王家の紋章創作(イズミルルート)③

二人は身じろぎすらせず、草木のように夜の景色のただなかに溶けた。合わせられた唇から漏れる互いの温もりだけが、空気を震わせる。 幕舎の暗がりにそっと潜む人影があった。気配を悟られぬよう用心して、二人の様子を静かに見守る少年。 自らがそそのかし、大切に護りながら連れ帰った少女、キャロルを見つめるその瞳は水晶玉のように無垢だった。 重なりあう二つの影を、彼は酷く美しいと思った。 きりりと澄んだ夜気のなかで、それはまるで神殿でおこなう厳かな儀式のようだ。.

イズミルの腹心、ルカはキャロルが好きだった。無邪気で愛らしく、ときに驚くべき賢さと行動力を見せるキャロルに、ルカ自身も惹きつけられた。 しかし恋を知らぬ少年は、イズミルが狂おしく彼女を求める様を見ても、胸の痛みを感じない。 主君イズミルがナイルの姫を得ることは、彼の心願でもあるからだ。. 確かに、古代のルールを変えることはできない。でも人の心は少しずつ変えることができるはずだ。人の心の有り様は、きっと古代でもそう変わらない。 王子はなぜだか私のことを好きになってしまったみたいだけど、その気をなんとかして逸らせられないだろうか。 確かに怒らせると恐ろしいのは同じだが、何を言おうが聞く耳を持たないメンフィスより、理知的な雰囲気を持つイズミル王子の方がなんとかなるかもしれない。 そんな淡い期待を抱き、キャロルは王子の横顔をちらりと忍び見た。.

深い悲しみとの痛みで忘れていた自我が、みるみる呼び起こされる。このまま、この男のものとなり、古代で一生を終えるのか。しかし、いまそうしなければ再び戦がおこりおびただしい血が流れるかもしれない。 ふたつの感情のなかに板挟みになり、声を失った。しかし無言の間に、イズミルの端正な顔は次第に憎しみに歪みゆく。. はっと涙に濡れた瞳を見開いてイズミルを見る。 思わず口をついて出た言葉は戻すことができない。 王子に真実を話しては、エジプトとヒッタイトの間に戦の理由を与えてしまう、という懸念が再びキャロルの脳裡をよぎる。けれどいまとなっては、話そうが話さまいが同じことだ。 躊躇って言い淀むキャロルを、ヒッタイトの王子は鋭く問い詰める。. 愛する妹を屠 ほふ ったエジプトより生まれ、日没のナイルのように光輝ける姫。 憎むべき姫をこうして愛してしまったのは、自身の神々への裏切りなのかもしれない。しかしそれでも、例え神に背くとしても、イズミルはキャロルを手にいれたかった。. 夢はただの悪夢でなく、紛れもない現実そのものだった。対峙するふたりの男はヒッタイトの王子イズミルとエジプトのファラオ、メンフィス。 ヒッタイトに連れ去られたキャロルは、エジプトで失踪したミタムン王女のことで拷問を受け、逃げるときには瀕死の重傷をも負わされた。.

みんなのつぶやき作品

エジプトの民たちやメンフィス王の強い想いも、現代からやってきたキャロルにとって重荷でしかなかった。だから逃げた。それなのにここでまた新たな愛にからめとられてしまう。 どんなに拒んでも、逃げても逃げても追いかけてくる。 愛されることから逃れられない。. サラ イズミルは気づかれぬよう姫の天幕をそっとのぞいた。 こちらの姿が見えないので気をゆるませているのだろう、膝を抱えて座り、腿に顔を埋めて休んでいる。夜、彼女が眠っているのを見たことがない王子は眉をひそめた。. キャロルの、見た目にそぐわぬ毅然とした態度に惹かれている王子であった。先程の切りつけるような眼差しを愛おしむそれに違えると、娘をじっと見つめた。 気をそらせるつもりが、逆にますます興味を抱かれてしまったと、キャロルは肩を落とした。.

(仮)王家の紋章創作(イズミルルート)②

押し殺した声音を聴いた娘はぴたりと動きを止めた。 男の心臓の鼓動を感じるほどにきつく抱き締められ、娘は冷や汗をかきながらじっと耐えた。 イズミルはキャロルの髪に鼻を埋めたまま石のように動かない。しかしその分厚い胸の下の鼓動はせわしく波打ち、それが波紋のように広がり、こちらの鼓動までも早くなってしまいそうだった。. 炎のなかから現れたのは、冷たい目をした長髪の男。ゆったりとこちらへ近づいてくる。キャロルは恐ろしさですくみ動けない。彼の周囲だけ炎も届かないほど蒼白く冷えきっているかのようにみえた。 そして今度は別の炎のなかから、まさに燃えながらこちらへ走ってくる人影があった。. 一方、愛する娘を奪われ怒りに燃えたメンフィスは、軍を率いてヒッタイトの城へ乗り込み、同軍と激しく衝突。双方の民の命が多く失われた。 「わたしのせいだわ」 それは、戦争など、血など見ることなく平和に育った少女を呵責の地獄へと追いやるには十分すぎた。. 満天の星空を背負う男の、優美な立ち姿が目には入る。美しいが冷たく残酷だった。同じ人間のはずが、キャロルの目には彼が別の生き物に見える。 ときに躊躇いもなく人命を奪い、欲望に忠実な古代人たち。彼らを束ね、神々の大地を統べる王となる存在。 現代の少女にとって、メンフィス王もイズミル王子も自身とはかけ離れた異質の存在で、それを受け入れてしまうことは恐怖だった。.

(仮)王家の紋章創作(イズミルルート)①

キャロルの、見た目にそぐわぬ毅然とした態度に惹かれている王子であった。先程の切りつけるような眼差しを愛おしむそれに違えると、娘をじっと見つめた。 気をそらせるつもりが、逆にますます興味を抱かれてしまったと、キャロルは肩を落とした。. 一方、愛する娘を奪われ怒りに燃えたメンフィスは、軍を率いてヒッタイトの城へ乗り込み、同軍と激しく衝突。双方の民の命が多く失われた。 「わたしのせいだわ」 それは、戦争など、血など見ることなく平和に育った少女を呵責の地獄へと追いやるには十分すぎた。. 胸に抱く娘は、敵国エジプトの王が妃に望んだ少女だった。まばゆい黄金の髪に、霊峰エルジェスの万年雪を思わせる真っ白な肌を持つ。どこから来たのか、何者なのかもわからない。 その正体不明の娘が、汚泥にまみれた水を清水に変え、囚人どもを救い、瀕死の王の命をもその手で救ったという。いつかあらわれるナイル河の神の娘だと、民に噂された。 時のファラオ、メンフィスは、自分の命を救ってくれたこの娘をいたく気に入り、次第に深く愛するようになったとか。.

  • Shig 22.10.2010 00:07

    富国エジプトのファラオとは、その領地を流れる雄大なナイル河に似て、大局に構えて戦を好まず、鷹揚な者が多いとされていた。だが、メンフィス王はそれだけでなく獅子のような勇猛さと鷹のような鋭さを併せ持つ。 あの戦で負けたのは、彼の王の手腕だと認めざるをえない。一辺倒の直線攻撃と思わせて、大胆にも敵陣奥深くまで潜んでくるとは、完全に自分の落ち度だった。 敗戦の辛酸を思い返し、奥歯をぎしりと噛む。.